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「マインドフルネス」と「はり治療」その2

 科学的な見地に立って物事をみようとすると、どうしても一つ一つのものを切り離して検証するため、実はそのこと自体が不自然であるということが抜け落ちていたりします。その弊害の最たるものが生命力という生き物に宿る総合力の欠如です。先日の抗うつ剤のニュースでは、偽薬と正薬との効果の差が年々なくなってきているというものでしたが、これこそが人間が内に秘めたる「思い込み」の効果の最たるもので、「思い込み」を単なる思い込みと排除してしまうところに現代医学の未熟さを感じざるを得ません。

 科学的、もっと俗にいうと学者的な観点では、偽薬に効果があってもらっては困るんでしょう。科学的な論拠が示せないがゆえ、占いのようなものに乗っ取られたような気分にでもなるのでしょうかね。しかし、思考する人間は能力が良し悪しにかかわらず、それが備わっているがゆえに様々な「思い込み」があり、偽薬でも効果を発するし、脳の中では思わぬ変化が生じて、結果的に功を奏するといったことが起こっているのです。こんなことの先に「マインドフルネス」の効用が科学的に理解されるようになったのです。

 私の経験上においても、どうしても先生に診てもらいたい、ここで治したいと思って来院していただく患者さんと、人から聞いた、他に適当な治療がないので「はり」でもやってみようと渋々来院したという患者さんとでは、実感として治療効果に随分違いがあります。症状によっては、騙されたと思ってやってきたという患者さんでも即座に効果てき面という場合も無くはないですが、慢性疾患ほどそれは難しくもあります。

 「マインドフルネス」は、単に「思い込む」というより、呼吸を日常的に意識すること、そういう習慣、それを引き出す環境などが揃って安心感を得ることでより発揮されやすくなります。「はり」の治療は、来院されてベッドに横たわり、後は任せてもらって呼吸をしているだけです。その呼吸を整える、脈を整える、その先に生命力が持つ体の自然な調整力を引き出す、それがもともとの目的になっていますので、「マインドフルネス」の概念は私にとっては取り立てて真新しい発見でもないのです。




       これがわたしの思いですありがとう地蔵
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「マインドフルネス」と「はり治療」

 マインドフルネスというのは、簡単に言ってしまうと「瞑想」によって得られる様々な効能のことです。カタカナ横文字でいうと何だか斬新な感じもしますが、「瞑想」そのものなのです。とはいえ「瞑想」というのは、どなたでも聞き覚えがあるものの、禅寺での修行のように全く日常からかけ離れた別世界の話のように感じられているのではないでしょうか。

 確かに「瞑想」という言葉は、「瞑」(めい)=目をつむること、「想」(そう)=思うこと、こういったことから「静かに目をつむって思いをめぐらすこと」のような意味があります。仏教の伝来とともにこれが宗教的な意味合いが込められて「無になる」境地への修行へとつながっていたりします。ですから「瞑想」というと日本では仏教とのつながりから宗教的な意味合いが色濃く出てしまいがちになっています。

 今年のノーベル生理学・医学賞に輝いた大隅教授の研究は、我々の体を構成する細胞の中の微細な働きを次々と解明しています。大隅教授の発見は、細胞の中にある液胞という老廃物をため込む袋の中の働きの解明でした。袋に溜まった老廃物(タンパク質)を分解してエネルギーに再利用しているというものでした。これをオートファジー(自食作用)といいます。この働きの発見には、細胞の飢餓状態が貢献しています。つまり細胞を「断食」させることで細胞の働きの活性化を図った結果、オートファジーの現象が顕著に捉えることができたといいます。

 同じく細胞の中にある長寿細胞といわれる「ミトコンドリア」という器官がありますが、プチ断食によってその数が増えるということがわかっています。このように漢方の医学で医療として長年奨励されてきた「断食」の効用が先端医学でやっと証明されつつあります。そういった先端医療の研究の先に「マインドフルネス」というのが最近注目されるようになったのです。脳科学の発達は、脳内の様々な変化を外から捉えることが可能になり、脳の中心部にあって記憶や生命活動に重要な働きがあると考えられていた「海馬」の働きなどもその変化をとらえるに至って様々なことがわかってきました。この続きはまた次回に。




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CK治療とは万能薬のようなものである

「CK治療」を簡単に説明すると、第1頚椎と第2頚椎という後頭部の深い部分の硬直を緩めることで、更に奥に位置する脳幹部の働きに影響を与えようとする治療である。治療の最後に首を左右どちらかに固定して腰をゆらゆらゆする試みは、第1頚椎と第2頚椎の歪みを整えることを意図している。「はり」の治療で第1頚椎と第2頚椎周辺の硬直した筋肉を緩め、腰部や股関節周辺の筋肉も緩め、全体が動きやすい状態にしておいて、独特の「ゆれ」の影響で改善を図っているのである。

最近のテレビ番組においてもよく耳にするようになった生活習慣の改善のための数分程度の運動とは、こういった東洋医学が長年取り組んできた治療を、より日常的に簡単にできる形で紹介されているに過ぎない。これはこれで、十分に効果があるので自分に合った運動を取り入れることは大事でもある。しかしながら、既に様々な症状が顕在化している場合に、素人療法は時には逆効果にもなりかねないので、そこは専門家によく診てもらってからにしたほうが賢明である。

そういう面でも「CK治療」は症状がある無しにかかわらず、身体が示している様々な反応をそれに合わせて取り除いておいて、日常的に硬直しかけた脳幹部周辺に、心地の良い「ゆれ」の影響を与えてその働きの向上を目指すことは、想像以上に効果的なのだ。そしてこの脳幹にこそ我々人間にとっては、生命活動の根幹となる神経網が集約した場所でもあり、脳幹への影響は即座に神経系統への影響があってしかりと考えられる。「CK治療」が、様々な疾患に対して思いのほか効果が発揮されるのはそのためだとも考えられる。

また、東洋医学の治療概念は、単に脳幹部を刺激すると考えるのではない。腎臓の力で身体の支柱である骨をつくり、肝臓の力で支柱である骨に付着して筋肉を動かすことで行動へとつなげているとともに肝臓は外部からの様々な侵入物から戦うことで身を守っている。さらに腎臓は内部にあって内からの汚濁を浄化させて体内環境を調えている。実は第1頚椎周辺の硬さは腎臓、第2頚椎では肝臓の影響が大きいことをつきとめた。つまり外部環境からの影響を強く受けている場合には肝臓変動型、内部環境の強い影響では腎臓型と分類して対処できるに至ったのである。まさしく「肝腎要」の治療となったのである。




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CK治療

「はり」の治療には、はり専門で治療している術者なら知っている治療方法の呼び名がある。「ナソ治療」だとか「ムノ治療」などである。これは、頚肩部や骨盤を中心とした「はり治療」独特の治療法なのであるが、近年では骨盤治療の研究が進み、特に「ムノ治療」のように下腹部や仙骨部の反応に応じて対処してきた治療を「ST治療」という形で発展させてきた。「ST治療」とは、正しく仙腸関節である仙骨の頭文字「S」と腸骨の頭文字である「T」をとって「ST治療」としたのである。

この仙腸関節を調節することを目指したのが「ST治療」であったが、この治療だけでも様々な疾患の改善に有効で、単に腰仙部の疾患に限らず、頭痛をはじめ肩首の症状の改善や、更年期などの諸症状にも効果的であった。そうした治療の発展の中に骨盤と頚椎をうまく組み合わせて治療することで、脳幹部に影響を及ぼすことができるのではないかというふうに発展してきたのである。その治療は、いわば生命力そのものの根幹に影響を及ぼすものであると考えられる。

「ナソ治療」「ムノ治療」から「ST治療」へと発展してきて、その先に我々の研究会のが目指す「調氣鍼法」と一致する治療法へとたどり着き、その頭文字をとって「CK治療」としたのである。この治療の優れた点は、人間の身体のあり方を実にシンプルに、そして的確に捉えて人間がもつ臓腑の性質を生かしつつ、それを治療に応用した点にある。人間の活動源は単純に考えて柱である「骨」とそれをつないで動かす「筋肉」である。「骨」とは内側を守る「腎水」の働きであり、「筋肉」は外側から守っている「肝木」の働きである。

「肝木」と「腎水」を中心とした治療こそ「肝腎要」(かんじんかなめ)の治療ということだ。このように身体の仕組みをシンプルに捉えることで、そのことだけを調節さえしてやれば、人間が抱える様々な疾患に応用できるとみるのである。我々は、病苦除去のために「脈」を調えることをずっと考えてやってきた。そのために「経絡治療」を行ってもきた。それが、「肝腎」に狙いを絞って脳幹に影響を及ぼす「CK治療」に取り組んで、驚くほどに術後の「脈」が整うことが確認できる。いい脈とは、健康であることの証である。是非、お試しあれ。




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私の願い

人は、力ずくで「泣かせる」ことはできるが、力ずくで「笑わす」ことはできない。世界中の紛争や貧困に喘ぐ人々を救うことはできないが、身近な1人を笑わせることはできる。私は、あなたに笑って欲しい。1人ひとりが隣にいる人を笑わせる存在になって欲しいと願う。




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小児ばり

「はり」の治療は何歳からできるのかという質問をよく受けますが、生まれて間も無くからの状態でも十分に可能です。乳児の場合の治療はというと、夜泣きや疳の虫などの治療となります。小児には「ちりけ」と呼ばれる独特の治療点があって、その部分に皮膚鍼というなでるような手技で対処します。手の腹で摩って気を送ってやったりします。最後にお腹、背中の要穴に「マグ」という微弱な磁力の入ったツブを貼付します。

近年になって、「前抱き」「後ろ抱き」などといって乳幼児の子育てを惑わせるような言葉が交錯していますが、乳幼児にとって最も重要なことは、「お腹」を冷やさないことです。それを代表する着衣がお腹を包む「金時」です。このように乳幼児が弱いのが「お腹」ですから、「お腹」が肌に密着して保温できるのは、いわゆる「後ろ抱き」になります。それだけ小児にとってはお腹が大事です。

そういう面においても「前抱き」というのには、様々なリスクがあります。前進して真っ先に衝突するのは、前に位置した場所です。転倒するのもほとんど前からです。それと話し言葉には少なからず「ツバ」を伴います。これを目の前の乳幼児に吹きかけてしまうことになります。そう考えると、「前抱き」というのは、授乳時はもちろんですが、お母さんに余裕があって乳幼児をあやす場合に限定したほうが賢明です。

小児において、体調が最も参考になるのが小便、大便の色です。透き通った小便や、緑がかったり薄黄色い便では、体が冷えていることを現しています。乳児でしたらお母さんが果物や冷えるような食べ物が多くなっていないかを気をつける必要があります。また乳児では、手足が少し冷たいくらいが丁度で、これを暖かくしていると、体は汗ばんでしまい、それが体を冷やすもとになります。




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お産と「はり」(5)血の道症

前回のも述べた通り、産後というのは母体にとって体の修復と、母乳の生成というふうに、様々な肉体的な変化に対応しなければならない時期です。それゆえに肉体のもとである「血」の変化が顕著に現れます。それが滞って停滞したものを「お血」(おけつ)と呼び、それに伴って現れる症状を「血の道症」といいます。

母体では、飲食物を胃で消化して肝臓で解毒し、そうやって始めのうちは濃厚な母乳を生成して、免疫力が不十分な赤ちゃんの体を補っています。最も多くその停滞が現れやすいのは下腹部内ですが、授乳期においては血液を母乳に作り変えているため、この作業がスムーズに進まないとその周囲の循環障害をまねきます。これが乳房周辺や肩甲間部の「こり」として現れます。

「はり」の治療では、そういった肩甲間部の緊張を浅い部分では「皮膚鍼」「散鍼」でパパパと取り除けますし、深い部分の「こり」にもかゆい部分に届くようにほぐすことができます。加えて重要なのが、産後2ヶ月くらいは、体の修復のため「肝臓」がフル稼働で働いていますので、その「肝臓」の疲労を取ってやることも母乳の出方に影響があります。。

「肝臓」は、何といっても解毒作用をやっていますので、「肝臓」の働き次第で「血の道症」へとつながっていくことになります。また体内の「お血」を浄化できないで残っていくほど産後の回復が遅れると共に、その停滞が母乳、更には体内の機能の停滞をまねき、後々「血」に関する病である「頭痛」や「生理痛」、「生理不順」、「更年期」のような症状の誘引となりますので、「はり」の治療で改善しておくことをお勧めします。




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