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『三焦(さんしょう)』は自分へのご褒美

東洋医学では、それぞれの臓腑がそれぞれに「気」というエネルギーを活用してその働きを全うしているとみているのですが、それを更に全体的な機能面の充実を図るべく働いてくれているのが「三焦(さんしょう)」といっていいでしょう。

上焦では「天空の気」を取り入れ、中焦では飲食物から栄養を摂り入れ、下焦の部分では中焦で摂りきれなかったいわば繊維類のようなものから体を守る熱エネルギーをひねり出し、これらが「天空の気」「地の気」そして生まれながら腎臓に宿している「先天の気」とが混ざり合い、そのエネルギーが心臓の拍動を得て一つの脈動となって全身へと送り出されているのです。

我々がみている脈というのは正しく「三焦」の力そのもので、この脈のことを「三焦の元気」とも呼ぶのです。上焦、中焦、下焦それぞれが働いて捻出したエネルギーが心臓で合わさったものが「脈」そのものですから、ぱっと触ってみて感じる脈の弾力がその人の現在の生命力を表しているといえます。

それぞれの臓腑は、我々が生きる為に自らが働いてそれぞれの役割を果たそうとしています。その役割を果たすことで、体の機能がうまく働くようになっています。そこに「三焦」というプラスα(アルファ)の力が作用していると考えるとわかりやすいのかも知れません。正に「三焦」は、自分へのご褒美のような働きをしてくれています。




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『三焦(さんしょう)』という生命観

「名前があって形なし」といわれているのが「三焦(さんしょう)」という臓腑です。そしてこれこそ東洋医学独自の経験から生じた人体観察の賜物でもあります。三焦とは上焦、中焦、下焦という三部分を合わせたものなのですが、上焦とは呼吸器である肺臓、心臓を構成する部分、中焦は肝臓、脾臓、胃など消化器を構成する部分、下焦は大腸、腎臓で排泄に関わる部分となっていて、これらの働きを総称して「三焦(さんしょう)」といっています。

上焦では、単に肺臓で酸素を吸って二酸化炭素を放出し、心臓で血液を循環させているというだけではありません。肺臓では呼吸によって「天空の気」といういわば「宇宙から降り注ぐエネルギー」を取り込んでいます。そのエネルギーと後で述べますが下焦の力で足元から上がるように入ってくる「地の気」(地球が持っているエネルギー)とが、頭と足元との上下の交流に大きく貢献しているのです。

そういう意味において、呼吸という作業は全体的な体内交流に大きな役割を果たしているといえます。それゆえ呼吸器である「肺臓」機能の強化は、栄養管理以上に重要視していりといっていいでしょう。特に呼吸が浅くなってくると「気力」が養われず、それが精神的不安定の要因になっていたりするのです。

また上焦の部の「心臓」はというと、上焦で取り込んだ「天空の気」と下焦からの「地の気」、中焦から捻出された栄養(栄衛:えいえ)を集めて一挙に拍動という求心力、即ち陽性の力で圧縮して陽性の代表である「赤い血」(動脈血)にして全身へと送り出しています。面白いことに心臓は陽性、赤い血も陽性、ゆえに陽と陽の反発力で遠くの末端へ血液をはじき出す仕組みになっています。そして末端へ運ばれたものは「青い血」(静脈血)という陰性を帯びて陽性である心臓に引き寄せられるべく帰ってくるのです。(つづく)




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覇気のある声、ない声

大人が子供に対して、よく「覇気がない」「元気がない」という場面があります。確かに子供や言われる人が健康でなければ「覇気がない」「元気がない」声になってしまいますので外れているわけではありません。しかし、人は「興味がない」「関心がない」「他にやりたいことがある」場合に、目の前の事象に対して「覇気がない」「元気がない」状態になります。

今日の日本のように虐げられる脅威が日常(あくまでも日常)なくなった社会では、対人関係において相手に媚(こび)諂(へつら)う必要がありませんから、関心のない対象にはさしたる反応も示さないことが多くなったのだと思います。そういった機微を理解できないでいると、最近の若者は、子供は・・・というような見方になるのだとも思います。

「声」自体は、体が発する力そのものですから、一見「覇気」が感じられなくても「声」の質を聞き分けると具合が悪いのかそうでないのかがわかります。力がみなぎっていると例え無関心を装っていても、言葉の語尾に力強さと抑揚が見て取れます。逆に、勢いのいい言葉を発していてもその言葉の語尾が尻すぼみに消え入るような声であったり、歯切れが悪いようだと、そこには体の不調が隠れていることになります。

こうして面と向かって話を聞いているだけでも、患者さんから現状を感じ取ることができます。声がかすれるように出ている人は、粘膜に炎症を起こしかけていますし、語尾が消え入りそうに話す人は、お腹の力が弱っていることを知らせています。イライラしている人は、肝臓の不調から声に緊張がみられます。声の僅かな「覇気のありなし」に注目していると、治療すべきポイントが見えてきます。




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心地のいい「声」

そもそも「声」というのは音として響いて伝わるものですから、その本体は「振動」です。ですから「声」そのものには実体がありません。実体が無いということは、形ある物質とは違った影響を我々に与えてくれていることになります。とかく現代社会は西洋文化を良し悪しは別として貪欲に吸収してきました。

その結果起こったことは、物質本位な考え方です。形として見える「物」がすべてかのような考え方です。その見えているはずの「物」も実のところはその存在のほんの一部分でしかないことがわかってきつつあります。「声」一つとっても西洋医学では、言葉を伝える道具に過ぎません。出るか出ないかが重要であってその「質」はあまり分析されていません。

前回も述べましたが、「声の質」は体調が大きく関係しています。同じ声でもその人が緊張したり興奮したりすると声の質がガラリと変わります。それは「緊張」「興奮」という心理的影響を最も強く受けた「肝臓」の働きによって「筋肉」を緊張させた声になるのです。漢方でみると「声」一つでその人の状況がわかるのも面白いところです。

「声」は「音」であり「音」は「精神」に影響を及ぼします。テレビやラジオのアナウンサーなどが、しっとりしていて聞きやすい声を発しています。それは声帯の肉付きと栄養のバランス、体調の良さが揃ってその声が出せるといっていいでしょう。声の質は、消化器の力による栄養のバランスの良さと、粘膜を潤す呼吸器の力、その抑揚は肝臓の力、これらが揃ってはじめて「心地のいい声」として我々の心に響いてくるのです。




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『声』に出てますよ

体調というのは、色々な形になって現れているものです。なかでも「声」は誰でもわかりやすく現状を知らせてくれています。充実した人の声というのは、歯切れがよく声に勢いがあって一口に多くの言葉をしゃべり、会話の内容も明るいものです。反対に体調が悪かったり、弱さが見える人は歯切れが悪く、小さな声で一口にしゃべる言葉が少なく語尾に力がありません。当然ながら話す内容も後ろ向きになります。

これだけを見ても大体のその人の体調を推し量ることができます。しかし、漢方の医学はそれだけに留まることなく分析しています。前にも言いましたが、体の根幹をなすのは五主(ごしゅ)です。この五主のあり方が声の質に大きな影響を与えています。

肝臓の支配を受けているのは筋肉。ゆえに、肝臓の支配が強い人の声は、筋肉の影響を強く受て発します。筋肉を緊張させる力が強いため「金切り声」に近い声になります。行動力を伴っていますので話す内容が命令口調になるのも特徴的です。こういった体質の人でも体調を崩したり弱さが見えてくると突然のように「怒鳴る」「だだらだら文句を言う」「愚痴っぽくなる」ような形で歯切れよさが欠けて出てきます。

我々日本人に多いのは肺臓に支配された皮膚粘膜を使って発声する気を使ったしゃべり方です。これは往々にして「かすれ声」になりやすく、しゃべった後に咳払いをしたくなるようなしゃべり方になっています。充実していると呼吸を上手くコントロールしてしゃべりますので、とても優しく響く声として聴こえます。こうした声の質と変化が、我々治療家にとっては重要なメッセージになっているわけです。




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