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清らかな「こころ」

私自身が考える「こころ」のあり方というのは、「清濁併せ呑む」のが理想的だと思っています。更に理想をいえば、かなりの部分で「清い」ほうが勝っていることです。清濁併せ呑むといった場合、本来の意味は清流も濁流もその隔てなく受け入れる大海の度量の広さを例えて言っている言葉なのですが、それでも清流の入りが勝ることを理想と思うのです。

いくら「こころ」が清らかであることが理想であっても、それを維持するだけの栄養分が不足すると、「こころ」は満たされなくなります。「こころ」が清らかであればあるほど、満たされない「こころ」に虚しさと自分への不甲斐なさを感じてしまい、自分を責め立てるような感情までが生じてしまいます。

本来、清らかな「こころ」ほど尊いものはありません。そして誰しもがその清らかな「こころ」を平等に備えています。もし、それを自分自身に感じることができない人があれば、それはただ自分で気が付いていないだけです。意図的にそういった心情を否定するか、未熟ながゆえに気が付かずにいるのかどちらかです。

今更、清らかな「こころ」などあったものではない、などとお考えの方があれば、それは単に身近な経験のみに翻弄されているに過ぎないのです。清らかな「こころ」の状態を満たされないまま、あるいは忘れてしまって生活しているのは決して幸福だとはいえません。「はり」の治療は、こういった「こころ」の栄養を満たす治療をめざしています。




       これがわたしの思いですありがとう地蔵
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