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無理が通れば道理が引っ込む

最近の私は、物事に対してまず最初に「ああ、そうか」と一端受け止めてそれを飲み込むようにしています。それでもどうにもしっくり来ない場合に、「いや、待てよ」というふうに改めて考え直すといった具合です。何がどうあろうと先ずは「ああ、そうか」というふうに受けてみることで案外、物事がすんなり身に染みるように入ってきたりするから不思議に思います。

そこで「無理が通れば道理が引っ込む」ですが、この言葉はよく脳裏に現れながら意味をじっくり考えてみたことがなかったことに気づき調べてみました。確かに「不正がまかり通るところに、道理(正義)はない」という意味は、納得できます。ところが、私の脳裏に浮かぶ「無理」とは、ほとんどの場合、「体の無理」「体の酷使」がイメージされての「無理」だったことが判明しました。

「無理」の仕方にもよりますが、少々の「無理」の積み重ねから「前向きな体力」「思わぬ発見」「すばらしい発想」といったものが次々と生まれてくると思うのです。また、物事を「悟る」ような心境は、「無理」を重ねた後のふっと力が抜けた直後に生まれてくる、そういった感覚の「無理」でした。道理で、意味を改めて読み取って、私がイメージする意味とちょっと違ったはずです。

理由は少し考えてみると明白でもあります。そういった「ことわざ」が生まれた背景には、やはり歴史という厳しい現実があります。「無理無茶」なこじつけで人の生死が左右されていた時代が圧倒的に長いのです。そういった時代が背負う「無理」と、平和な時代の私が考えるような「無理」とは相容れない距離があって当然なのでしょう。しかしながら、今の時代にあっては少々の「無理」こそが、健康の源と考えていいと思います。くれぐれも「少々の無理」です。




       これがわたしの思いですありがとう地蔵
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