FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

漆黒の闇

 私の一日は朝の散歩から始まります。五時過ぎくらいに家を出発して五台山から竹林寺までを車道を歩くとちょうど一時間少しくらいの道のりで、これが私にとって格好な運動になっています。年中同じ時間帯で歩いていますので、このシーズンでは夜明けは遠く真っ暗で人に会うことも滅多にありません。ですが、この真っ暗な中を歩くこともこの時期ならではの楽しみでもあるのです。五台山には展望台まで街灯らしきものが全く無く、まさしく「漆黒の闇」につつまれた世界です。

 我々は都会に住む限り日常的に「灯り」のある生活です。日中は日の光、夜は電灯の明かり、漆黒の闇とは全く無縁な生活になっています。遠い昔には、この漆黒の闇に映し出される「火の玉」やら「月食」「流れ星」「彗星」などなど、知識が無い時代の人には耳目を疑いながら恐怖心ばかりが煽られたことでしょう。我々人間は日が昇るとともに目覚め日が沈むと休む習性になっていますので、漆黒の闇が迫ってくると身も心も消極的なリズムになりますから、なおさら闇の中で遭遇する様々な現象は本当に怖かったと思います。

 今現在においても漆黒の闇を好む人はそう多くないと思います。闇の世界は何も見えないだけに心の在り様によって、そのまま目の前に実在するかのような妄想を映し出すことが容易になるからです。不安は恐怖心を生み、恐怖心は疑心暗鬼に満ちた妄想を呼びます。「霊」なるものは「不安」「恐怖心」「猜疑心」時として「希望」が生み出すものと考えて間違いないでしょう。俗にいう「霊能者」というのは、人間が抱える闇をよく知っている人であり、不安感や恐怖心、猜疑心といった人間の弱さを熟知した人です。

「漆黒の闇」の中にいると、自分自身の心の在り様が試されるともいえます。心が不安定だと間違いなく闇の中に良からぬ妄想を描いてしまいます。充実感に溢れていると天上に輝く星々に思いを馳せ、同じ星を眺めたであろう太古の人々の思いに心ときめく自分を見出せます。そして太古の人々は、苦難の歴史を語りかけてくれます。そこで現在の有様の尊さを切々と語って聞かせてくれるのです。先週はこの冬で最も冷たい朝が続きました。写真は、竹林寺にある観音様が浮かぶ池に張られた氷です。この池に氷が張ることは滅多に無いのですが、痛いほどの寒さがまた、今の有難さを教えてもくれるのです。




       漆黒の闇


       これがわたしの思いですありがとう地蔵
      


スポンサーサイト
カレンダー
10 | 2018/11 | 12
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。