スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

闇の中から見えるもの

 暗闇の中に良からぬものを見たり感じたりする、誰しもが一度や二度ならず経験済みのことだと思います。その理由の一つは、我々人間の「眼」は本当に都合良くできていていて、見たものをうまい具合に類推して行動をスムーズに運べるように脳で画像を作り出すことにあります。しかしこのことが、錯覚も生み出します。心の在り様によって、どんな風景の中でも特に薄ぼんやりした暗闇ほど有るはずの無いものを浮き上がらせられます。さらに人間は、創造するのが得意です。様々に虚像描いては想像して創造します。これは人間が持って生まれた習性というか能力なのでしょう。この力によって芸術はもとより魑魅魍魎の類が生み出されます。

 歴史を振り返ると、我々人間は人を虐げ、虐げられの連続で数知れずの不都合な死に怯えさいなまれてきました。生き物の躯(むくろ)は、死への恐怖心を増幅します。それは当然ながら不安を生み、やがては暗がりに魑魅魍魎を描くことになります。実は私自身、恥ずかしながらこの暗闇の中へ足を踏み込むことが出来ない時期がありました。あの貞子で有名な「リング」というドラマに熱中していた頃のことです。暗闇に交錯するぼんやりした景色に良からぬ物を想像してしまうのです。背筋がゾクゾクする、そこにお墓がある、今振り返ってみても不思議な心理状態に陥っていました。

 振り返ってみてわかるのは、やはり「死」とあやふやな世界への「不安」が重なって「恐れ慄く」心理状態にあったことです。闇夜には、心の隙あらば否応無しに闇の世界を開く力があるようです。こうした力は数々の「迷信」をあみ出す原動力になったことでしょう。その「迷信」がさらに不安をあおり、新たなる「迷信」を次々と生んだのだとも想像できます。私が闇夜を歩く理由の一つは、こうした人間の心理を知るためでもあります。心に隙があると、闇夜というキャンバスに魑魅魍魎を描き出し、心が充実感で溢れていれば闇夜こそ天空に輝く星々に希望の光を見出せるのだということです。

 人間の一生は、星に例えるとまさに「一瞬の星」であります。ただでさえ一瞬の星である我々が、何故「不安」の中で生きていかねばならないのかということです。その解消法は簡単で「一笑に付す」ことです。できなければ「はり治療」を受けることです(笑)。ただし独りではダメで、多くの人に特に人の上に立とうかという人に共有してほしいというのが切なる願いです。一瞬の星である我々が、これ見よがしの高い壁を築いて己を守ってみても万里の長城と同じことです。全くの徒労に過ぎません。笑い飛ばせる「寛容」な心を育むことで、「安心感」を受けとってほしいと思います。そのようなことを考えながら今日もまた闇夜を歩いています。しかしながらもう山を下りる頃には東の空が白みだして、南天を這いあがろうと煌めく「さそり座」ともいよいよお別れの時節となってきました。




       これがわたしの思いですありがとう地蔵
スポンサーサイト
カレンダー
06 | 2018/07 | 08
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。